こんにちは。シングルマザーのRainyです。
2021年6月7日(月)の晩ごはんです。
2021年6月7日(月)「親子丼」
・親子丼(鶏もも肉、玉ねぎ、みつば)
・鶏ささみの梅肉和え(鶏ささみ、水菜、きゅうり)
・もやしとほうれん草のナムル
・みそ汁(なす、茗荷竹、みつば)
昨日はMomoの学研の日。冷蔵庫が空っぽになってしまったので、晩ごはんの支度は朝のうちにして、学研の間に一週間分の買出しをする。
Momoは私と一緒に行く食材の買出しを嫌っている(優柔不断なので時間がかかるから)。優柔不断な私でも「学研が終わるまでの30分」というタイムリミットが適度なプレッシャーを与えてくれるので、わりとサクサク買い物ができる。というわけで、学研の間の45分、使い方によっては活用無限大です。
じゃがいも高すぎません?
ちょっと前まで「にんじんがやけにいつもより高いなー」と思ってたけど、最近じゃがいもが高騰してますよね。この間1個80円で売っているのを見かけて「わお。」と驚いた私。
前からすごく不思議に思っていたんだけど。野菜の単価が数十円あがったりすると、みんな(私を含め)一斉に「じゃがいもが高い」「やれにんじんが買えない」などと言い出しますよね。
値段が上がっているのは確かなんだけど、その値幅はたった数十円。なのに、食に関わるものの値段が上下することって、多くの人にとってどうしてこんなにも受け入れにくいんだろう、と改めて不思議に思う。
だってみんなさ。「じゃがいもが1個80円だった!!」と言いながら、コンビニのレジで無意識に「あ、これも(ブラックサンダー)。」とかしてるじゃない、と思う。(私だけ?w)
スーパー売っている野菜の値段に「一年中通して一定であること」を求めてしまうのは、それらが育つ環境がそもそも天候に左右されるものであるということや、それによって不利益を被る(or利益を得る)農家の人たちの苦労を、実感的に理解することが難しいからかな、と思う。
つい先日、ド田舎にある生家で専業農家の親戚陣を見てきたからこんなに偉そうなことを言っているけれど、私ももちろん普段は「じゃがいも高すぎ!」側の人間だ。じゃがいもが高いときに限って、普段そんなに作りもしない「肉じゃがが作れなくて困る」と嘆いたりしている。
いっぺん農家暮らしをしてみたまえ、言ってやりたくなるが、高騰している野菜を見るとなぜかそれを使った献立ばかりが頭に浮かんで「○○が作れない」「△△も」と思考が発展していくのはどうしてなんだろう。
人間の脳って、面白いね。
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